青空文庫で、芥川龍之介「蜜柑」を読む

夕暮れの冬空の下、踏切で宙に舞う蜜柑の色が忘れられない。急に読みかえしたくなって、青空文庫を開いて芥川龍之介の「蜜柑」を読んだ。


ーーするとその瞬間である。窓から半身を乗り出していた例の娘が、あの霜焼けの手をつとのばして、勢よく左右に振ったと思うと、忽ち心を躍らすばかり暖かな日の色に染まっている蜜柑が凡そ五つ六つ、汽車を見送った子供たちの上へぱらぱらと空から降ってきた。ーー


 思いたったら、すぐ読めるのですから、文明の利器はすごい。その昔、勝海舟が知人の好意で、本を読ませてもらうために、夜、江戸を発って横浜まで歩き、朝、戻ってきたことを思えば、その有り難味が身に染みます。


 「蜜柑」は、400字原稿用紙8枚半ほどの短編で一気に読めます。貧しかったけれども、人々が肩を寄せ合って生きていた時代があったことをうそのように思います。日本はそういう国だった。


芥川龍之介全集〈第4巻〉あの頃の自分の事 蜜柑

芥川龍之介全集〈第4巻〉あの頃の自分の事 蜜柑