師走は、どうしても、樋口一葉を想う

東京の空が、薄ぼんやりと曇る師走になると、つい、あの五尺足らずの小さな身体で、東京の下町、本郷菊坂、東京大学、空橋、不忍の池、根津神社あたりを小走りに駆け抜けていく一葉のうしろ姿を想い浮かべてしまうのです。ちょっと、その先の横っちょへヒラリと身を交わしたのは、もしや、一葉ではなかったのではと。


一葉は、二十四年と八ケ月、のべ九千日ほどの短い人生の中で、短編、中篇を二十あまり書いているだけです。父を失って貧困の中で筆一本で自立しようとしたその心意気がたまらなく好きです。ちなみに、日本で初めて原稿料で生活した女性の職業作家です。


「文学界」連載の『たけくらべ』を、鷗外から、「われ縦令世の人に一葉崇拝の嘲を受けんまでも、此人にまことの詩人という称おくることを惜しまざるなり」、また、露伴から「多くの批評家多くの小説家に、此あたり文字五六字ずつ技倆上達の霊符として呑ませたきものなり」という絶賛を受け、俄然、一葉は不朽の名を得ました。


樋口一葉を、こよなく愛している人がいます。森まゆみさんです。地域雑誌『谷中・根津・千駄木』を発行されています。一葉とは、深い深い地縁で結ばれています。著書『一葉の四季』を読めば、時空を超えた親友のような交わりを感じます。森さんのことは、2003年12月から2004年1月期NHK人間講座こんにちは一葉さん』で知りました。森さんは、お隣りの一葉さんに、肉声で「こんにちは」と声をかけているような講座でした。
こんにちは一葉さん―明治・東京に生きた女性作家 (NHK人間講座)

地域雑誌『谷中・根津・千駄木』ホームページ
http://www.yanesen.net/



この機会に樋口一葉の原文に触れてみては、いかかでしょうか(冒頭、全体の三分の一ほど)。


大つごもり
(上)

 井戸は車にて綱の長さ十二尋、勝手は北向きにて師走の空のから風ひゆう/\と吹ぬきの寒さ、おゝ堪えがたと竈の前に火なぶりの一分は一時にのびて、割木ほどの事も大壹にして叱りとばさるゝ婢女の身つらや、はじめ受宿の老媼さまが言葉には御子樣がたは男女六人、なれども常住内にお出あそばすは御總領と末お二人、少し御新造は機嫌かいなれど、目色顏色呑みこんで仕舞へば大した事もなく、結句おだてに乘る質なれば、御前の出樣一つで半襟半がけ前垂の紐にも事は缺くまじ、御身代は町内第一にて、その代り吝き事も二とは下らねど、よき事には大旦那が甘い方ゆゑ、少しのほまちは無き事も有るまじ、厭やに成つたら私の所まで端書一枚、こまかき事は入らず、他所の口を探せとならば足は惜しまじ、何れ奉公の祕傳は裏表と言ふて聞かされて、さても恐ろしき事を言ふ人と思へど、何も我が心一つで又この人のお世話には成るまじ、勤め大事に骨さへ折らば御氣に入らぬ事も無き筈と定めて、かゝる鬼の主をも持つぞかし、目見えの濟みて三日の後、七歳になる孃さま踊りのさらひに午後よりとある、其支度は朝湯にみがき上げてと霜氷る曉、あたゝかき寢床の中より御新造灰吹きをたゝきて、これ/\と、孤の此詞が目覺しの時計より胸にひゞきて、三言とは呼ばれもせず帶より先に襷がけの甲斐/\しく、井戸端に出れば月かげ流しに殘りて、肌を刺すやうな風の寒さに夢を忘れぬ、風呂は据風呂にて大きからねど、二つの手桶に溢るゝほど汲みて、十三は入れねば成らず、大汗に成りて運びけるうち、輪寶のすがりしきょく曲み歯の水ばき下駄、前鼻緒のゆる/\に成りて、指を浮かさねば他愛の無きやう成し、その下駄にて重き物を持ちたれば足もと覺束なくて流し元の氷にすべり、あれと言ふ間もなく横にころべば井戸がはにて向ふ臑したゝかに打ちて、可愛や雪はづかしき膚に紫の生々しくなりぬ、手桶をも其處に投出して一つは滿足成しが一つは底ぬけに成りけり、此桶の價なにほどか知らねど、身代これが爲につぶれるかの樣に御新造の額際に青筋おそろしく、朝飯のお給仕より睨まれて、其日一日物も仰せられず、一日おいてよりは箸の上げ下しに、此家の品は無代では出來ぬ、主の物とて粗末に思ふたら罰が當るぞえと明け暮れの談義、來る人毎に告げられて若き心には恥かしく、其後は物ごとに念を入れて、遂ひに之鹿理想をせぬやうに成りぬ、世間に下女つかふ人も多けれど、山村ほど下女の替る家は有るまじ、月に二人は平常の事、三日四日に歸りしもあれば一夜居て逃出しもあらん、開闢以來を尋ねたらば折る指に彼の内儀さまが袖口おもはるゝ、思へばお峰は辛棒もの、あれに酷く當たらば天罰たちどころに、此後は東京廣しといへども、山村の下女に成る物はあるまじ、感心なもの、美事の心がけと賞めるもあれば、第一容貌が申分なしだと、男は直きにこれを言ひけり。
 秋より只一人の伯父が煩ひて、商賣の八百や店もいつとなく閉ぢて、同じ町ながら裏屋住居に成しよしは聞けど、六づかしき主を持つ身の給金を先きに貰へば此身は賣りたるも同じ事、見舞にと言ふ事も成らねば心ならねど、お使ひ先の一寸の間とても時計を目當にして幾足幾町と其しらべの苦るしさ、馳せ拔けても、とは思へど惡事千里といへば折角の辛棒を水泡にして、お暇ともならば彌々病人の伯父に心配をかけ、痩世帶に一日の厄介も氣の毒なり、其内にはと手紙ばかりを遣りて、身は此處に心ならずも日を送りける。師走の月は世間一躰物せわしき中を、こと更に選らみて綾羅をかざり、一昨日出そろひしと聞く某の芝居、狂言も折から面白き新物の、これを見のがしてはと娘共の騷ぐに、見物は十五日、珍らしく家内中との觸れに成けり、此お供を嬉しがるは平常のこと、父母なき後は唯一人の大切な人が、病ひの床に見舞ふ事もせで、物見遊山に歩くべき身ならず、御機嫌に違ひたらば夫れまでとして遊びの代りのお暇を願ひしに流石は日頃の勤めぶりもあり、一日すぎての次の日、早く行きて早く歸れと、さりとは氣まゝの仰せに有難うぞんじますと言ひしは覺えで、頓ては車の上に小石川はまだかまだかと鈍かしがりぬ。(青空文庫より)


青空文庫ホームページ: 
http://www.aozora.gr.jp/index.html
同 大つごもり 本文
http://www.aozora.gr.jp/cards/000064/files/388_15295.html


一葉記念舘ホームページ
http://www.taitocity.net/taito/ichiyo/



一行コメント:一葉が暮らした明治の東京歳時記

一葉の四季 (岩波新書)

一葉の四季 (岩波新書)



一行コメント
:団子坂、無縁坂、S坂、暗闇坂など、坂と鴎外の人間模様

鴎外の坂 (新潮文庫)

鴎外の坂 (新潮文庫)


一行コメント明治40年編纂『東京十五区番地界入地図』に現代図を重ねる

古地図・現代図で歩く明治大正東京散歩 (古地図ライブラリー)

古地図・現代図で歩く明治大正東京散歩 (古地図ライブラリー)



心に花を
http://www.flowercity.jp/flower_contents_sub1/contents_detail.htm?idx=425&menu=birth



後で見るサイト
・キムタクが体を張った「武士の一分」 その宣伝しまくり大PR作戦!
http://ck.rd.livedoor.com/ck/d06120804/1207/
ホリエモンの暴露にソニーは迷惑千万 
http://ck.rd.livedoor.com/ck/d06120808/1207/



世界のどかでなにかが
http://www.gyb.co.jp/essey/train/003.html


明日の六曜:仏滅
http://www.lookpage.co.jp/public/koyominext.html


明日の日の出(東京):06:38
明日の日の入り   :16:28
国立天文台天文情報センター)
http://www.nao.ac.jp/koyomi/


今夜の一杯:シンケンヘーガー(ベルギー産ジン)
http://www.alak.jp/shop/detail_s/gin011.html


まだ、英語の勉強を続けている方へ:Bush Country
http://www.the-jokes.com/jviewer.php?clavech=428&cat=poli&cla=tcla&sort=fecha&id=Search&row=0&chquery=1060+1010+1002+985+961+930+916+907+891+830+826+816+801+789+773+668+624+598+477+428+323+310+239+232+222+112+113+114+115+116


タータンチェックの美:Patterson(Blue) Family Tartan
http://www.tartans.scotland.net/tartan_info.cfm?tartan_id=1475



*WEBクリックは宇宙の瞬き*人生は芝居の如し。上手な俳優が乞食になることもあれば、大根役者が殿様になることもある。とくに、余り人生を重く見ず、棄身になって何事も一心になすべし。福沢諭吉


それでは、よい週末をお過ごしください。