銀座から一番愛された男
「オール読み物」12月号で特集―やわらかなダンディズム―を読んだ。惹句の“銀座から一番愛された男”は、吉行淳之介へのオマージュ。まだ、こんなテーマで特集を組む編集者がいるんだと嬉しくなった。今の日本、大通りを大人のマナー知らない野人が傍若無人に歩いている。優雅さという価値観はもう失われたものと諦めていたところだ。
巻頭の“「十三回忌」追悼記念ギャラリー”の写真が貴重だ。花札に興じる吉行淳之介氏、手許しか映っていないが相手は阿川弘之氏。麻雀卓を囲む面々、五味康祐氏、渡辺淳一氏、佐野洋氏、山口瞳氏、生島治郎氏、野坂昭如氏。対談でコンビを組んだ長谷日出男氏。第三の新人の勢ぞろい。パーティで河野多恵子氏とのツーショット。麻雀仲間だった色川武大氏との対談。山口百恵さんとの対談。終生の友人安岡章太郎氏、遠藤周作氏と三人で。大宅壮一氏と座談名人同士の対談。開高健氏と美酒対談。芥川賞パーティで松本清張氏と。
そのダンディズムの一片をどうぞ。
加賀 大将ぶったとこは一つもないのに、吉行さんがいるとその場がまとまるんですよね。
黒鉄 キザな言い方をすれば、心の姿勢がカッコよかったんでしょうね。毅然としてました。時代によって言うことが変わることもないし、見事でした。
長谷 それから、別れ際がまたカッコよかった。銀座を何軒か回る時、私は酒乱の自覚があるので、二軒位で「じゃ吉行さん、私はここで」って言うんですよ。その時に「いいじゃないか、もう少し」とは絶対おっしゃらない。ただ「じゃあな」って言うんですよ。その言い方が、実に爽やかで。別れ際がカッコいい人っていいですよね。
加賀 育ちがいいのよ。
黒鉄 僕は吉行さんと別れる時に、はじめの頃は「おやすみなさい」と挨拶していた。すると「さよなら」とか「じゃあね」と返される。「おやすみなさい」というのは寝ろってことだから、相手のこれからを制限するでしょう。吉行さんはそういうことを決して言わなかった。「また明日」も言わない。また明日会うと思うと苦しいでしょう。(笑)。そんなことが、考えた末じゃなくて反射的出てくるからたまらないんです。
上記の対談で、加賀とは、加賀まりこさん。吉行さんと、18、19の頃、対談で知り合い、その後、麻雀仲間に誘われ付き合いが始まる。黒鉄とは、黒鉄ヒロシさん、まだ若いころ、麻雀の人数が足りないからと出向いたのきっかけ。長谷とは、長谷日出男さん。フリーライターの頃、「アサヒ芸能」で、199回、四年にわたって吉行さんがホストの連載対談の構成をしていた関係。三人とも、おつき合いが長く、関係が深かったので、限りなく吉行淳之介の実像にせまってゆくおもしろさがある。
特集は、「銀座のひと」と題して、福田和也氏の記事で、吉行淳之介のもてた秘密を緻密に解き明かしてゆく。「吉行さんが、街に出ているというだけで、銀座の男女は興奮したものです」。店にくる、というのではなく銀座の何処か呑んでいるというだけで、女給さんやバーテンダーの心が波立つ、というのだから、応対していか解らない。福田氏は、戸惑いながら筆をすすめる。
それにしても、そうまで気を使って何のために酒場に行くのだろう。ホステスの評のように、「来なければいいのに」と自分でもおもう。友人と会ったときも、
「バーはつまらんなあ」
「まったく、つまらん」
「何かおもしろいことはないか」
「さあね」
「ともかく、ちょとバーへでも行ってみるか」(「下手な飲み方」吉行エッセイから)。
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